魚つき保安林 うおつきほあんりん
森と海がつながる、日本独自の自然保全の知恵
「魚つき保安林」は、日本独自の保安林の一種で、海岸や湖岸、川沿いの森林が「魚の繁殖・保護」に資する機能を評価され、森林法に基づき指定されたものです。

豊かな森は豊かな海を育てます。
写真:神奈川県真鶴
魚つき保安林とは
「魚つき保安林(うおつきほあんりん)」とは、魚の繁殖や生息環境を守ることを目的に、海岸や湖岸、河川の沿岸などに設けられた森林のことを指します。これは日本独自の保安林の一種であり、森林法に基づいて国や自治体によって指定されています。
現在、全国でおよそ5万8千ヘクタールの森林が魚つき保安林として保護されており、海や川の近くの森が魚たちにとって重要な役割を果たすことが、科学的にも確認されています。
保安林とは?
「保安林」とは、水源の涵養(かんよう)、土砂災害の防止、農地の保護など、森林が持つ公益的な機能を発揮させるために指定された森林です。森林法により17種類の保安林の用途が定められており、魚つき保安林もそのひとつに位置づけられています。
森が魚を育てる理由
魚つき保安林は、単に景観を守る森ではありません。そこにある森林は、地下水を通じて海や湖に栄養を供給し、プランクトンや小さな生物を育てる土台となっています。こうした生き物が豊富にいる環境は、魚にとってまさに「ごちそうの海」であり、豊かな漁場の形成にもつながります。
また、森林によってつくられる木陰は水温の急激な変化を防ぎ、稚魚の成長に適した安定した環境を提供します。風や波を緩和する効果もあり、穏やかな水域を保つうえでも重要です。さらに、森林が土砂の流出を防ぐことで、水を清浄に保つ働きも果たしています。
歴史的背景と制度化
魚つき保安林の概念は古くから日本に存在しており、奈良時代や平安時代の文献にもその記録が見られます。江戸時代には「魚付林」「網代山」などと呼ばれ、漁師たちによって伐採が禁じられるなど、自然の恵みを守るための知恵として受け継がれてきました。
こうした慣習は明治時代に法制度として組み込まれ、1897年の旧森林法によって「魚附ニ必要ナル箇所」として明文化。1951年には現在の森林法が制定され、「魚つき保安林」としての法的地位が確立しました。
全国に広がる魚つき保安林
日本各地には、地域ごとの自然と暮らしに根ざした魚つき保安林があります。以下の表では、代表的な保安林の事例とその特徴を紹介します。
地域 | 名称・場所 | 特徴・取り組み |
---|---|---|
神奈川県 | 真鶴町 魚つき保安林 | 明治37年に指定。漁業と観光の両方を支える沿岸林として地域に定着。 |
宮城県 | 南三陸町 志津川湾沿岸 | 津波被災後も保全活動が継続され、漁業者と住民が協力して再生活動を展開。 |
新潟県 | 村上市 三面川河口 | サケの遡上と信仰が結びついた「サケの森」として地域文化にも深く根ざす。 |
北海道 | 石狩湾沿岸 ほか | 「お魚殖やす植樹運動」により60万本以上の植樹実績。広域的な環境改善を推進。 |
指定と管理
魚つき保安林に指定された森林では、木の伐採や土地の形質変更、土砂の採取といった行為には都道府県知事の許可が必要です。これは、森林の持つ公益的な機能を損なわないための措置であり、仮に伐採などを行った場合でも、必ず再植林による回復措置が求められます。
こうした制限のもと、地域の漁業者や自治体、住民ボランティアが連携して、森林の維持や再生に取り組んでいます。
森と海の共生を未来へ
近年、「森は海の恋人」という言葉が注目を集めています。これは、森林が海の豊かさを支えているという事実を象徴する表現です。魚つき保安林はその考えを体現する存在であり、気候変動や漁業資源の減少といった現代的課題に対しても、有効な自然共生の手段といえるでしょう。
今後も、自然の循環を意識した取り組みが求められる中で、魚つき保安林はそのモデルケースとして、ますます重要な役割を担っていくことが期待されています。