里山

奥山は神の領域、里山は人の領域
里山と奥山
里山とは、人々の暮らしのすぐ近くに広がる山や森、雑木林、田畑、ため池などを含んだ自然環境で、人の手によって長い年月をかけて維持・利用されてきた地域を指します。森や草地、水辺などが隣り合って存在する「モザイク状の環境」が特徴で、多様な生き物が人と共に暮らせる豊かな地域です。
一方で、奥深い山林である「奥山」は、人の手がほとんど入らず、古来より神聖視されることも多い領域です。里山はこの奥山との対比で、人と自然が日常的に関わりながら築いてきた風景と言えます。
なお、「山里(やまざと)」は、こうした山間部にある集落や農村を指します。
※上記のとおり「里山」は田畑やため池なども含む広い概念ですが、この記事では特に森や雑木林などの森林に注目して「里山」としています。
里山は人の手によってつくられた2次林

里山林(雑木林)
現在見られる里山(里山林)の多くは、かつての原生林を伐採し、薪や堆肥などの生活資源を得るために整備された二次林です。コナラ、クヌギ、ミズナラ、ケヤキ、シイ・カシ類、さらには竹林や果樹など、地域ごとに多様な植生が見られます。
かつてはキノコや山菜の採取、炭焼きなども行われ、里山は豊かな生態系の維持と、人々の暮らしに密接に結びついていました。整備された里山は、野鳥や昆虫、小動物など多様な生き物のすみかとしても機能しています。
里山は、原生林など手つかずの自然におおわれた未開の大自然ではなく、人の手が適切に入った自然です。2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、こうした里山のような人と自然が共に生きる地域を「二次的自然」として評価し、持続可能な活用が求められるようになりました。
かつての里山の役割
昔の人々にとって、里山は生活資源の宝庫であり、日常生活と切り離せない存在でした。特に広葉樹の雑木林は、薪炭などの燃料や、生活に必要な各種資材の供給源として利用されてきました。我が国の森林の総蓄積量は約56億㎥とされ、そのうち約3割(約16億㎥)を広葉樹が占めており、こうした里山の広葉樹林は人々の暮らしを支えてきたのです。
これらの里山林を構成していたのは、コナラやクヌギ、ミズナラ、ヤマザクラといった落葉広葉樹で、人の手により約20年ごとの伐採と萌芽更新を繰り返しながら利用されることで、独自の生態系が維持されてきました。定期的に手入れされていたことで林内は明るく保たれ、日なたを好む昆虫や草本植物が多く生育し、生物多様性にも富んでいました。カブトムシを探しに、夏休みの早朝に林へ出かけた思い出のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
落ち葉や下草は、家畜の寝床や堆肥の材料として集められ、家畜のふん尿と混ぜて発酵させた有機肥料(厩肥)は、農業における土づくりに欠かせない存在でした。また、薪や柴は重要な熱源であり、燃やしたあとの木灰はリンやカリウムを含む無機肥料として畑にまかれていました。
さらに、春には山菜、秋にはきのこなど、季節ごとの食料採取の場としても活用され、里山はまさに暮らしの循環を支える場となっていました。こうした資源循環型の暮らしは、地域の文化や自然環境と深く結びつきながら、一部の地域では今なお受け継がれています。
※厩肥(きゅうひ)…家畜の糞尿や敷きわらなどを発酵させた有機肥料。昔ながらの土づくりに欠かせない資源でした。
里山の価値喪失
昭和30年代以降、化学肥料の急速な普及とともに、「燃料革命」と呼ばれる生活様式の転換が起こりました。落葉や下草から作っていた堆肥の代わりに化学肥料が使われるようになり、薪や柴に代わって石油やガスなどの化石燃料が生活のエネルギー源として利用されるようになりました。その結果、これまで里山から得ていた生活資源の多くが工業製品に置き換えられていったのです。
こうした変化により、生活に不可欠だった里山の機能は徐々に失われ、人の手が入らないまま放置される里山林が全国に広がりました。林野庁の推計によると、こうした放置里山林の面積はおよそ400万ヘクタール(令和7年現在)にのぼるとされています。管理されず大径木化したコナラやクヌギがナラ枯れなどの病害を受けやすくなり、土砂流出や保水機能の低下など、森林が本来持つ公益的機能にも悪影響が及んでいます。
また、手入れの減少により林内が暗く荒れ、外来種の侵入が進んだり、生物多様性が損なわれたりと、里山の生態系そのものにも深刻な影響が出始めています。さらに、かつて里山が果たしていた「人と野生動物の生活圏の緩衝地帯」としての役割も喪失しつつあり、シカやサル、イノシシ、クマといった野生動物の分布が人里近くまで拡大し、農作物への被害に加えて、人との軋轢や人的被害が報告されるケースも増加しています。
※環境省や自治体の調査によると、近年では人里へのクマ出没件数やイノシシによる農作物被害が増加傾向にあり、その背景には里山の荒廃や餌環境の変化があると指摘されています。

人里に出現したイノシシ
里山の開発
高度経済成長期(1960~70年代)には、都市化の波が郊外にも及び、里山は住宅地やリゾート開発の対象となりました。ニュータウン(千里・泉北・高蔵寺・港北・多摩・千葉など)と呼ばれる住宅地の建設やゴルフ場、スキー場などの造成が相次ぎ、残された里山の多くは放置・荒廃し、不法投棄の温床となるなど、社会問題化しました。

参考:1960~70年代に入居が始まったニュータウン
里山の新たな価値
近年では、環境保全意識の高まりや地方創生の機運とともに、里山の再評価が進んでいます。地域資源としての多様な価値や、生物多様性の保全、自然とのふれあいを通じた環境教育の場として、注目されています。
市民参加型の森林整備、自然体験活動、学校教育での活用、地域イベントの開催など、さまざまな形で活用が進み、里山は「過去の資源供給地」から「未来の価値創造の場」へと変わりつつあります。
また、里山のエネルギーや食の自給性に注目した「里山資本主義」のような概念も登場し、持続可能な地域経済のあり方を模索する取り組みも広がっています。

里山ってなに? 自然と人が仲よくしてきた場所!
みんなは「里山(さとやま)」って知ってるかな?
里山とは、人が住んでいるまちのすぐ近くにある山や森のことだよ。昔の人たちは、里山から木を切って薪(まき)にしたり、葉っぱや草をあつめて畑のたい肥にしたりして、くらしに役立てていたんだ。
里山にはいろんな木や植物があり、鳥や虫、小さな動物たちもたくさんすんでいるよ。人が手を入れて守ってきたからこそ、自然と人がいっしょに生きていける場所になっていたんだね。
でも今は、便利な機械や石油が使われるようになって、里山を使うことが少なくなってしまった。そのせいで、草木がしげって動物がすみにくくなったり、ごみがすてられたりして、問題も出てきているよ。
最近では、里山のすばらしさが見直されていて、自然とふれあうキャンプや、森のようちえん、虫とり体験などにも使われているんだ。里山は、自然とともに生きることのたいせつさを教えてくれる、大事な場所なんだよ!
〔参考文献・出典〕
新建新聞社『日本の原点シリーズ 木の文化』/日本林業技術協会『里山を考える101のヒント』/環境省『里地里山保全再生事業』/日本経済新聞(2014年12月4日夕刊)/日本林政ジャーナリストの会「林政ジャーナル No.69 2025年9月9日」
