里山とは

 
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里山

里山とは、人里近くにあり、昔から人々が生活のために利用してきた山(森林)のことを言います。里山に対して、人があまり入り込まないような深い山奥を「奥山」と言い、神が棲むところと考えられていました。

里山の風景

奥山は神の領域、里山は人の領域


里山は人の手によってつくられた2次林

里山はもともと原生林でしたが、そこに人々が住むようになってからは、生活に必要な木に植え替えるなど、利用しやすいように変えてきました。現在「里山」と呼ばれる場所には、コナラ、クヌギ、ミズナラ、ケヤキなどの落葉広葉樹、シイ・カシ類などの常緑広葉樹、柿や竹などさまざまな樹種で構成されています。かつての里山では、現在よりもさかんにキノコや山菜などの栽培がされていました。

適切に手入れされている里山の周辺には人間の手によって田や畑、用水池などが作られるとともに、昆虫や小動物などが集まって、人と共生した豊かな生態系が形成されます。


かつての里山の役割

農村近くにある里山では、昔から落葉や下草の採取が行われてきました。これらは堆肥の材料として用いられたり、家畜舎で用いられた後、厩肥(※)となりました。ともに良質の有機肥料です。

また、里山から採れる薪や柴は大切な燃料(熱エネルギー源)となりました。これらを燃やした後に残る木灰はリンやカリなどを含んだ無機肥料として農地に施されました。

現在もこのように使われている里山も各地で見られます。

※厩肥(きゅうひ)…家畜の糞尿(ふんにょう)や敷わら・草などを混ぜて腐らせた有機質肥料。堆肥とともに重要な自給肥料で、地力を保つために使われる。


里山の価値喪失

昭和30年代には化学肥料が急速に普及し、同じ時期に燃料革命も起こりました。落葉や下草から作っていた堆肥の代わりに、化学肥料が使われるようになり、薪や柴などの代わりに石油などの化石燃料が使われるようになったのです。これまで人々の生活に不可欠であった里山は、急速にその価値を失ってしまいました。


里山の開発

1960年~70年代(昭和30年~40年頃)の高度経済成長期、里山は開発の対象となり、切り開かれました。ニュータウン(千里・泉北・高蔵寺・港北・多摩・千葉など)と呼ばれる住宅地やゴルフ場やスキー場に変わったのです。残された里山は放置され、荒廃が進み、さらにはゴミの不法投棄なども発生し、社会問題・環境保全問題となりました。

参考:1960~70年代に入居が始まったニュータウン


里山の新たな価値

近年の都市化と過疎化の中で、里山は都市と山村の交流の場として見直されてきています。そして、各地で里山を復活させる動きが活発になってきました。里山の再生とともに、動植物とのふれあいや自然の学習など、里山を子どもたちの環境教育の場として活用したり、炭焼き体験やキャンプ、トレッキングなど森林レクリエーションの場とするケースも増えてきています。このように里山はかつてとは違う新しい価値を持ち始めています。


〔参考文献・出典〕
新建新聞社 日本の原点シリーズ「木の文化」 /社団法人日本林業技術協会「里山を考える101のヒント」